そういえば世間は今バレンタインデー一色だったか、と思い出したのは丁度その時。

迎えに行こうとしたよりも早く、少年は白い息を吐いて帰ってきた。
寒い寒いと以前から言っていたのに、ツキタケの首元には未だにマフラーは無い。
しかし本人いわく「もうすぐ暖かくなるし」 いらないよ、と。

子供なのに、裕福な家に生まれたというのに欲が少なく、物を欲しがる事は滅多にない。今は寒いだろうに。
いらない と控えた笑顔を見る度、寂しさを覚えてるなどと言えられればいいのに。





「おかえりなさいませ、坊っちゃま」
玄関へ迎えに行って見た彼の機嫌の良さそうな顔に、こちらまでも ふと頬が緩んだ。

「なに?」
「いえ、坊っちゃまが嬉しそうだったので」
何か良い事ありましたか?と訊きながら、重たそうに背負っていたランドセルを持つと
それは普段より確かに重たかった。

一体何が入ってるんだろうと覗いてみると、教科書筆箱の隙間にいっぱい詰められた箱に袋。
今日の日付を思い出してみるとそうか、今日はバレンタインデーだったという事に思い当たる。

世間のバレンタインデー一色は、子供も例外ではなかったようだ。







「これはまた、たくさん貰って来ましたね」
「・・・ぎ、義理チョコだよっ」
見つかった事に、照れくさそうに顔を逸らした。

一度目は手渡しをされて「い、いいの?」と控えめに受け取ってみたものの、これ程の量になるまで次から次へと渡されたのにはさすがに困ったであろう。そしてその時彼は何を思っただろう。
その光景を考えてみると、とても微笑ましい。


「ホワイトデー、何 返せばいいと思う?」
見上げられた視線に気付くと、我に返った轟は「そうですねー・・・」と相槌を打って考えてみた。
「轟は?何貰えたら嬉しい?」



意外な質問だった。

まさか聞かれるとは思わず、返すのが僅かばかり遅れた気がする。

「私は坊っちゃまから貰った物なら何でも嬉しいですよ?」
「・・・轟、いっつもそればっかじゃん」
人のこと言えないという事に気付いていないツキタケは、呆れたようにそう言った。

「まぁこればかりは本当の事ですから仕方ありませんね」
隣を歩く子供を見てみる。すると、良い答えを得られず やや不満そうな表情をしていて、考えこんでいた。








辿り着いた部屋のドアを開く。

「夕食ができましたらお呼び致しますから」
「うん。ありがと」


ドアを閉めようとした時、あ と思い出した。

「頂いたチョコを召し上がるのもいいですが、あまり食べすぎないようにしてくださいね」
「うん」
「それと食べた後は必ずちゃんと歯磨きしてくださいね」
「分かってるよ、ちゃんと磨くよっ」

いつまでも子供扱いしないでよ、と言い返された。



「あー・・・と、轟」
ドアを閉めかける手を、その声が引き止めた。
ツキタケがドアの前で言い辛そうに俯いて、もごもごと口を濁らせる。轟は首を傾げた。

「今日って、アレでしょ?・・・ば、バレンタイン だっけ?」
「はい」
「で、オイラからさ・・・あげたいんだけど・・・」
「誰にですか?」

返事はなかった。ただ困ったように頭をぽり と掻いて 「目瞑って、そんで手ぇ出して」と言った。
「? 何でしょうか?」
「いいから!」


ツキタケの催促につられ、戸惑いながらも言われた通りに手の平を差し出してみる。

ただ聞こえたのは、ポケットを探る音。一体何だろう と目を閉じながら思った。
すると掌よりも小さな物が、掌にことんと何か置かれた感触がした。
開けていいよ と言われるよりも僅かに少し早くそっと開けて見てみると、そこには小さなチョコレート菓子がひとつ置かれていた。

「食べた後はちゃんと歯磨きしてよ?」

びっくりした顔を見て、満足そうにツキタケはにっと笑った。




ぱたん とドアが閉まった後、轟はもう一度手にある箱を見つめる。
幼い子供らしい即席プレゼント。
狭い側面にはボールペンで「いつもありがとう」と子供らしい字が書かれてあって、思わず笑みが零れる。


「くちばし」と書かれた黄色い取り出し口から一つ取ろうと開いてみると、絵と「金」の表示を見付けた。

「・・・・・・・・・。」

記憶とそこに書かれた記載さえ間違っていなければ、これは『当たり』に違いなかった。
思い出してみれば手渡された時から、包まれてあった筈の透明の包みは既に剥がされていて
一度くちばしを開いたような跡が残っていた。

バレンタインデーは本来女の人が男の人へチョコレートを媒体として愛を伝える日であるけども
それをいまいち分かっていないと思われるツキタケは、
自分が当てた『当たり』を普段心配かけている轟へとあげたのだろう。感謝の気持ちを込めて。



扉の向こうにいる子供へ確認はできないけども、そうかもしれないのなら、これ程嬉しい事はない。
例え安くてそこいらのお店で買えてしまえそうな物ですら、くれた人によってこんなにも喜べてしまうものかと実感する。

「ありがとうございます・・・」

扉の向こうへ届きますように と祈った。





そうだ、来月はマフラーをあげよう。
春も近付いてしまって、首に巻かれて暖まる事はないかもしれないけども
その次に来る冬こそは、彼が少しでも寒さに冷えて心細い思いをしないように。

今はただ春を待つ。






























10日遅れでハッピーバレンタイン!(笑)
お坊っちゃまからのプレゼントがチョコボール(60円)かよ!(セルフツッコミ)
ガクに会った時のツキタケが小3ぐらいだとして、ここでは小1・2ぐらいの設定。でもちょっと幼すぎたかな…