掌にうまれた一筋の赤。 握り締めたら広がった傷口から、それはペットボトルへと滴り落ちる。 痛みというものも馴染んでしまったようで、その血も今では眩暈することなく見つめる事ができる。 深く切る事もなく、一寸違わずできるだけ深く、ナイフの力加減をコントロールするのも慣れたものだった。 ただひとつ慣れないのが、 「澪」 ―・・・この声。 後ろからその声が聞こえると、私はなぜかとっさにその手を隠す。 縁側に座り込んでいた私の隣に、相変わらず漆黒なコートを身にまとっていた明神が どっこらせと腰をおろした。 いい天気だなーと空をあおいでる隙に、グローブをはめようとするが、いつもこの男はその動作を見逃してくれはしないのだ。 サングラスなんかして視界は暗いはずなのに、 「その手見せてみろ。」 黒いレンズの向こうは、赤を捕えてしまう。 「・・・・・・大した事じゃない。」 「痛ェだろ」 「私を誰だと思ってるんだ。傷口塞ぐなんて容易いものさ」 「そういうモンじゃねぇだろ。オッサン泣いちゃうよ?」 有り得ないと思いつつも、厳ついオッサンが涙流す姿を想像してしまった己の想像力が可笑しくて 思わず口元がふと緩んだ。 「ホラ手貸せ オレが応急手当ってヤツしてやるよ」 そう言うと有無言わす間も与えず、ほぼ強引に 傷のついた手をとった。 「・・・ っみょ・・・」 「いーからいーから」 お兄さんに任せてみなさいよと、コートのポケットから取り出した布キレを切りちぎって、それを手に巻き付ける。 お兄さんという歳じゃないだろう。心の中で冷静にツッコミを入れていた隙に 傷口は、見られてしまった(見られたくなかったのに。) 「あーあ女の子が自分の体傷つけちゃって。お嫁にいけなくなっちゃったらどーすんだコレ」 オッサンが迎えにいくしかねぇじゃねえか、と よくわからない責任感を呟く明神に それは勘弁してくれ、と私は答えた。 傷ついた己の手ならとっくに見慣れたのに、人から心配される事には慣れてないのだ、本当に。 「毎度毎度心配してくれるのはありがたいが、これが私の商売道具なんだ」 商売道具は行き場もなく、巻かれた布をじわりと赤く染める。私は初めて傷口を痛いと感じた。 視線を移してみると、明神が訝しげな顔をして私を見つめていた。 それはもう、穴が開くんじゃないかって程に。 「なんだ?何か変な事言ったか私?」 そう聞いてみると、明神はサングラスの真ん中を人差し指でくいと上げた。 「お前、さてはMだ・・・」 言いきる前に、私の腕は奴の腹を殴った。 ・・・変な感じだった。 頼んでもないのに勝手に触れてきた事に、確かに多少の苛立ちはあった。 けれども赤く染まる手を包む、その大きな掌を降り掃おうとする気にはなぜかならなくて 私は反抗する言葉を迷う羽目になった。 ――大きな掌。 「・・・ずいぶん乱暴な応急手当だな」 「はっはっは、なんだ、痛ェか」 「・・・別に」 片手を明神に任せたまま、私は表情の作り方に戸惑った。 |