瓜二つではないけども。 目の前に存在する"願望の塊"は、驚いた程 己の顔へと成りすましていた。 「・・・俺?」と、それを指差しながら発した 気の抜けた声がハセの顔をしかめさせる。 「そりゃあ似てるだろうな、貴様の顔をベースにさせて貰ったなら」 「へぇ、俺の?」 俺が不機嫌になったらそんな顔をしてるんだ、と思うと面白かった。 物珍しそうにまじまじと見つめるコモンの視線に気付くと、一度だけ交わった後 ふいと目を逸らした。 単独行動の多いハセが、久しぶりに姿を見せた。 余程願望の寄せ集めの見せかけが気に入ってるのだろうか、ただ「挨拶だ」と(聞いてもいないのに)建前だけ述べて自慢げに現れた。 相変わらず糞真面目に カッチリしたスーツを身に纏い、腰を下ろしもせず他のメンバーらが戻ってくるのをじっと待つ。 夜更けの丑の刻は暗闇の中で静寂だけが満ちる。 会話ひとつない間が続くというのは退屈なもので、霊が最も活動的である時刻だというのに、上瞼が重い。 沈黙にほんの少しだけヒビを入れたのはコモンの欠伸ひとつ。 大きく口を開いた後 ねむい、暇 と相手にされない独り言を呟いた。 いつだったか「よくそう呑気に寝れるもんだな」とハセに変に感心された事があった。 生者でもないものが眠る姿は、睡眠をとらないものからしてみれば異様に映るのだろう。 いつもならばたりと後ろに倒れかかって、気ままに眠気に任せて眠ってしまえるけども。今はいつもと違うから ― ハセが、自分の顔して戻ってきたから。 好奇心だけを抱かせといてまた勝手に何処かにふらふら行かれるのは、ひどく気に食わない。 立てていた膝に片腕を乗せて、その好奇心の対象であるハセの後ろ姿をじっと見つめる。見張るような気持ちで。 するとハセはその視線に気付いても、振り向きはしなかった。 構うだけムダ とでも言いたさそうに適当に流した、その余裕のある態度がひどく癇に障る。 まさか顔が変わったぐらいで欲望ひとつが満たされ、俺よりも上になったような錯覚でもしているのかと。 小さな歯ぎしりの音の後に、 「・・・確かさぁ、おまえのその魂の寄せ集め。理想を欲しがってたんだっけ?」 ようやくこちらへ向けたハセの顔は、やはり自分ととても似ていた。 「上出来なものだろう、何か文句でもあるのか」 「いやー別に俺にはカンケーないし興味もないんだけどね、」 軽くそう言うと、ハセの目がじろりとコモンを睨む。 その 目。 様々な魂を取り込んで、あまつさえ仲間である奴の顔までその姿形は映し出した。 完全に元の己を失った姿。ゆらゆら不安定な価値観だけに縋りつくその姿。 それを見ては、口角が吊り上がるのを堪えきれなかった。 「俺の顔も、おまえの中ではその"理想"なわけ?」 「っ誰が!」 思った以上の動揺した反応が返ってきて、息を噴き出す。どうしたことか、笑いがとまらない。 そっかそっか。今まで気付いてやれなかった(気付いてやる気もないが)ハセの、コモンに対して抱く劣等感に腹を抱えて笑い、ひどく顔をしかめるハセの肩を抱き叩く。 そもそも寄せ集めの塊と自分を比べる時点で間違っている、とは言ってやらないけども。 怒りの琴線に触れたのかコモンの腕を手荒く払い、その手で胸倉を掴んだ。 辺りの空気が微かにざわめいたのを感じ、目の前へ視線を移してみると 胸倉を掴んだ拳は力が過剰に入って、おそらく怒りで震えていた。 それから少し上を見てみれば歯を食いしばり、凝視させて睨む顔。 やっぱりそんなに似てないか、と思いながらコモンはそれを眺める。ハセは声を高らかにして言った。 「いいか聞いてろコモン!」 見下すようなその口調と一瞬の大きな声に苛立ち、耳はぴくりと動く。 同じ顔で、得意げに笑う表情が気にくわなかった。 (―・・・弱いくせに ) 「俺を見下していられるのもこれまでだ!今に見ていろ、俺は貴様を―・・・」 続くはずだった言葉は吐き出される事なく、飲み込まれる事もなく消えた。 「俺を、なんだって?」 真ん中に分けられていた前髪を掴み、強引に上へ引っ張る。 愉快そうに笑っていたハセの顔が、歪んだ。 胸倉を掴まれていた手をほどき、目前で捉え、緩んでいた表情は固く 一瞬たりとも離す事なく見る。 殺気という禍禍しい感情が、溢れ出る。 コモンの腕から手から、触れるところから背筋へと伝わっては凍る。 一度は消えかけた警戒心や恐怖が、再びハセの中で蘇ってきた。 それでも目だけは、怖れに支配されていながらもコモンだけをただ一点睨み続ける。唯一の抵抗の術を、まだ失いかけてはいない。 絶望を知りながら、プライドだけがコモンの手を、死を拒絶する。ぎり、と歯の強く軋む音がした。 あぁ このカオだ、と思った。 「そんな怖い顔しないでよ」 にっこり笑ってコモンは惜しげもなく手を離した。 それから腕を、伸ばす。 力の抜けて座り込んだハセを優しく抱き寄せてやって、耳元にそっと囁く。 「俺の顔被ったからって、逃げられると思うなよ」 自分よりも長いその直毛の黒髪をさらりと一筋撫でてやると、肩がびくりと震えた。 おまえなんか俺が見つけ出してやるから。 囁く言葉ひとつひとつはまるで呪文のように、ハセの表情をこわばらせ、身動きを捉える。 同じ顔ならば と思っていたハセの、ある意味の"防御"という名の仮面は容易く壊された。 抵抗も かなわない だれか教えてほしい この男から逃れる術を 02:お泣きになるのはあなただけ |