約束の時間であった15時を過ぎても、依頼人はやって来る様子がなかった。

周りは降り止まない雪で視界は白い。

足を一歩踏み込む度にさくりとする音が新鮮で
戯れでひとつ息を吐けば、そこから微かに白く浮きでてすぐに空気に溶けて消えゆく。
暖房の入ったバスから降りてすぐはそんな事して寒さを紛らわせていたけども、こう何十分も待たされているとそれをする気にもなれず、かたかた震る身をじっと縮めていた。

さみーさみー凍えそう!とばかり言う煩い隣りも、流石にいつもの格好では身にまとわりつく冷えに耐えられないと思ったのだろう、厚手のコートを羽織っている。
色はもちろん黒だと、安売りで買った時に自慢げに見せていたのを冬悟は思い出す。
(その黒色も、肩に雪を被って隠れてしまっているが)



相変わらず人通りのない雪かきされた道路の隅で「さみー!」と明神が叫ぶと、うっせーと冬悟に足蹴された。
「心頭滅却すれば火もまた涼しって言うだろ」
そう言った目は半睨みして明神を見ていた。

「難しい言葉知ってるなあ!とうちゃん感激」
「そんぐらい知ってるっつの!」
よしよしと幼い子供を褒めるように頭を撫でてやる。


本人が一番寒がってるというのに、
よくもまぁその小刻みに震える口はその言葉を言えたものだと明神は笑いを耐える。
思えば我が家であるボロアパートの隙間風にすら弱かった。
冬を悟るって名前してんのに、悟れてねぇぞ名前負けしてんぞ おまえ、とからかうと
温いコタツに潜りながら「知るかよ」と冬悟は面白くなさそうに口答えて、乾布摩擦を誘っても頑なに嫌がっていた。

その冬悟が、鼻の頭と耳を赤くさせて、こうして一緒に寒い中今か今かと依頼人を待ち侘びているのだ。
依頼人の車のやって来そうな道路の方へとちらちら目を移し、
なんら変化のない風景を捉えては、深く息を吐いて目を伏せる様子が見ていて可笑しい。
心頭滅却は生憎まだ出来てないようだ。(火はまだ涼しく感じられないらしい。)(むしろ今は恋しく思ってるだろう)









こんなに雪が降るのは久しぶりだな
長いマフラーをいっぱいに首に巻いて鼻下あたりまでうずめる冬悟に、そう話しかけたが
いつもの生意気な口をたたく力は今 寒さを凌ぐ事に全部注がれてるらしく、無言が返された。
ただ、目線だけを明神に返して。

空から降る雪を掌に乗せてみると、それは掌の中でじわりと溶けて消えた。



なぁ冬悟、と呼びかける。

「雪が溶けたら何になると思う?」
「はぁ?」
横から聞こえた声に思わず顔をしかめる。なんのなぞなぞだと。
しかし顔を覗きこんで窺う明神を見ると、とりあえず聞く事は無駄なのだから、考えてみる事にした。

冷たく麻痺したかのような重い頭で考えを巡らせ、首を傾げながら
「水、だろ?」
そう言うと、明神は口の端を上げにやりと笑った。


「春だよ」

花が咲き乱れる暖かい季節に。
「雪が溶けて冬が終わったら春がやって来るだろ?」
あったけーだろうなぁと、白い息を吐きながら隣の冬悟に寄り掛かる。

「……クッセー…」
「クサいゆーな」
いい年した男が言うには聞いてて恥ずかしい言葉を、明神はさらりと口にする。

何を言い出すかと思えば。 呆れて深くため息をつくと、聞こえないような小さな声で 春か、と小さく呟いた。
暦の上ではまだまだ遠いけども、桜の花びらがこの雪のように舞う季節になる頃になっても
こうして隣には明神がいるんだろう。

自然と零れた笑みに気づき、その顔を明神に見られないようにして
ふと道路の向こうへ目を移してみると、依頼主の車がこちらへと向かってきていたのが見えた。






























珍しく雪が積もったのが嬉しくて書いてみたかった!田舎へ出張中の案内屋とその助手。